「記録:夢を集める」カテゴリ。今回は、夢が「個人的なひらめき」の枠を超え、日本社会全体を大きな不穏と熱狂の渦に巻き込んだ、ある漫画家の記録をご紹介します。
その人物の名は、たつき諒(Ryo Tatsuki)。彼女がかつて見た夢の記録は、四半世紀の時を経て、インターネットやメディアを揺るがす最大のミステリーとなりました。
1. 1999年に出版された、一冊の絶版本
すべての始まりは、1999年に刊行された一冊の漫画単行本でした。タイトルは『私が見た悪夢』。当時、目立ったヒットを残すことなく、著者のたつき諒氏はそのまま漫画家を引退します。
しかし、この本には奇妙な特徴がありました。彼女が少女時代からノートに書き留めていた「夢の記録」がベースになっており、表紙や作中には、具体的な日付や出来事が散りばめられていたのです。
本が絶版となり、人々の記憶から消え去ろうとしていた頃、インターネットのオカルト掲示板やSNSで、ある「符合」が噂され始めます。
クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの逝去
ダイアナ元妃の急逝
阪神・淡路大震災の発生
これらが、彼女の夢のノートの記録や、作中の描写と恐ろしいほどの精度で一致していると、ネットの考察者たちが気づいたのです。そして極めつけは、表紙に描かれた「大災害は2011年3月」という文字でした。
2. 2011年3月11日、日本を襲った現実
東日本大震災の発生以降、この「絶版本」の価値は文字通り跳ね上がりました。オークションサイトでは1冊数十万円の高値で取引され、オカルトファンのみならず、一般のメディアまでもが「なぜ10年以上前にこの事態を予見できたのか」と騒ぎ始めます。
社会がこの夢に翻弄された理由は、たつき氏の夢が、単なる「いつか悪いことが起きる」という曖昧なものではなかったからです。彼女の夢には、常に明確なルールが存在していました。
「夢を見てから、15年後、あるいはさらに15年を足した30年後、45年後という『15の倍数』の周期で現実化する」
この規則性が明かされたことで、社会の視線は一つの「未回収の予知夢」へと注がれることになります。それが、彼女が1981年、1996年、そして2021年に見たとされる「本当の大災難」の夢でした。
3. 「2025年7月」という狂騒曲
彼女がノートに残した最後の巨大な予知夢。それは「2025年7月、太平洋の特定の海域がボコボコと泡立ち、巨大な津波が周辺諸国を襲う」というビジョンでした。
2021年、沈黙を破って出版された完全版『私が見た悪夢』は、瞬く間に数十万部の大ベストセラーとなります。ここに書かれた「2025年7月」という具体的なリミットは、SNSやYouTubeを通じて爆発的に拡散されました。
防災グッズの売り上げが急増し、地方自治体や企業が対策に乗り出し、ネット上では連日のように「その日、何が起きるのか」の検証動画がアップされる――。それはまさに、一人の女性が見た「夢の断片」によって、現代社会の心理が完全にコントロールされた、前代未聞の数年間でした。
夢が現実を侵食するとき
たつき諒氏本人は、メディアに対して一貫してこう語っています。
「私はただ、見た夢をそのままノートに書いて、それを漫画にしただけ。恐怖を煽りたいわけではなく、備えてほしいだけ」
彼女の夢が「本物の予知」だったのか、それとも偶然の重なりが生んだ奇跡だったのか、その答えは誰にもわかりません。しかし確かなのは、彼女が見た「悪夢の記録」が、何百万人もの人間の行動を動かし、社会全体に巨大な足跡を残したという事実です。
一人の人間が見た夢が、ここまで現実の社会を揺るがした例は、日本の歴史上、後にも先頭にも彼女だけかもしれません。
【記事データ】
人物:たつき諒(漫画家)
著作:『私が見た悪夢』(1999年・2021年完全版)
キーワード:予知夢 / 15の倍数法則 / 2011年3月 / 2025年7月 / 集団心理 / メディアの熱狂