20世紀でもっとも多くカバーされた楽曲は何か、ご存じだろうか。
ビートルズの「イエスタデイ」——その数は2,000を超えるとされ、ギネス世界記録にも認定されている。
そして驚くべきことに、この名曲のメロディは、作られたのではない。夢の中から、完成された姿のまま届けられたのだ。
1. 目覚めたとき、頭の中で鳴っていた
1964年頃のある朝、ロンドン・ウィンポール街。
当時交際していた女優ジェーン・アッシャーの実家、その屋根裏部屋で目を覚ましたポール・マッカートニーの頭の中には、一曲のメロディがまるごと鳴り響いていた。
「夢の中で、クラシックの弦楽アンサンブルのような美しい曲が聴こえていたんだ。目が覚めても、それがまだ頭の中にあった」
ポールはベッドのそばにあったピアノに駆け寄り、忘れないうちにそのメロディを弾いてみた。G、F♯マイナー、B……指は自然に動き、曲は最初から最後まで、完璧な形でそこにあった。
2. 「これは本当に僕の曲なのか?」
しかし、ポールは喜ぶどころか、不安に襲われた。
あまりにも完成されている。あまりにも自然に出てきた。
「これは、どこかで聴いた誰かの曲を、無意識に思い出しているだけではないのか?」
彼はそれから数週間、会う人ごとにこのメロディを聴かせては「この曲、知らない? 聴いたことない?」と尋ね回った。音楽業界の人間も、友人も、誰一人として「知っている」とは言わなかった。
「警察に拾得物を届けるようなものだった。何週間たっても持ち主が現れなかったから、ようやく 『これは僕のものだ』 と思えたんだ」
ちなみに、歌詞が完成するまでの間、この曲には仮のタイトルが付けられていた。その名も「スクランブル・エッグ」。朝食のような仮タイトルで歌われていた曲が、やがて永遠のスタンダードナンバーになるのだから、面白い。
3. 屋根裏部屋から、世界へ
1965年6月、ポールはアビーロード・スタジオでこの曲を録音する。
ビートルズの楽曲でありながら、演奏はポールのアコースティックギターと弦楽四重奏のみ。他のメンバーは誰も参加していない——夢の中で「弦楽アンサンブル」として聴こえていた曲は、最後まで夢の姿のままレコードに刻まれたのだ。
「イエスタデイ」はアルバム『Help!』に収録され、全米1位を獲得。以後、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリー、レイ・チャールズら無数のアーティストにカバーされ、ポップ・ミュージック史上もっとも愛される一曲となった。
夢は、最高の作曲家
睡眠中の脳、特にレム睡眠中の脳では、記憶の断片が自由に組み合わされ、覚醒時には思いつかない結びつきが生まれることが知られています。
ポールの頭の中には、幼少期から浴びるように聴いてきた父親のジャズ、ミュージックホールの音楽、そして当時夢中だった無数のレコードが蓄積されていました。夢は、それらを誰も聴いたことのない一つの旋律へと編み上げたのです。
本人が「盗作ではないか」と疑ったほど完璧なメロディ——それは、彼自身の中に眠っていた音楽のすべてが、閉じた瞼の裏側で結晶化した瞬間だったのかもしれません。