SFというジャンルの「最初の一冊」は何か――この問いに、多くの文学史家が同じ答えを返します。1818年刊行の『フランケンシュタイン』。人造人間、生命の創造、科学者の倫理。200年後の現代もAIやクローン技術の議論で引用され続けるこの物語は、当時まだ18歳だった一人の少女の、眠りと覚醒のはざまの幻影から生まれました。
「記録:夢を集める」カテゴリでは、これまで音楽(『イエスタデイ』)、医学(インスリン)、テクノロジー(PageRank)、数学(ラマヌジャン)と、夢が生んだ創造を辿ってきました。今回は「文学」――それも、ホラーとSFの源流が生まれた、あの有名な「ディオダティ荘の怪奇談義」の夜に迫ります。
1. 夏が来なかった年
1816年は、歴史に「夏のない年」として記録されています。前年にインドネシアのタンボラ山が観測史上最大級の噴火を起こし、舞い上がった火山灰が地球を覆って、北半球は記録的な冷夏に見舞われました。ヨーロッパでは6月にも雪が降り、空は連日、薄暗い雲と嵐に閉ざされていたといいます。
その陰鬱な夏、スイス・レマン湖畔の「ディオダティ荘」に、若き文学者たちが集まっていました。スキャンダルの渦中にあった詩人バイロン卿、その主治医ジョン・ポリドリ、駆け落ち中の詩人パーシー・シェリー、そしてその恋人、18歳のメアリー・ゴドウィン(のちのメアリー・シェリー)。
外は嵐で出かけられない。退屈しのぎにドイツの怪談集を朗読していた一同に、バイロンがある提案をします。
「我々もそれぞれ、怪奇譚(ゴーストストーリー)を一つずつ書こうじゃないか」
世界文学史上もっとも有名な「お題」の誕生でした。
2. 「何も思いつかない」日々と、運命の夜
詩人たちが次々と着想を語るなか、メアリーだけは何も書けずにいました。毎朝「物語は思いついた?」と聞かれては、屈辱とともに「いいえ」と答える日々が続いたと、彼女自身がのちに回想しています。
転機となったのは、ある夜の談義でした。バイロンとパーシーが、「生命の原理」について夜更けまで議論したのです。話題は当時最先端の科学――死んだカエルの脚が電気で痙攣する「ガルヴァーニ電気(動物電気)」の実験や、生命を人工的に作り出せるのではないかという思弁に及びました。死体に電気を流せば、蘇生できるのではないか?
その議論を聞いた夜、ベッドに入ったメアリーは眠ろうとして眠れず、目を閉じたまま、しかし眠ってはいない状態で、鮮烈なビジョンに襲われます。1831年版の序文で、彼女はその体験をこう振り返っています。
瞼の裏に、おぞましい技に没頭する青白い学生が、自分の組み立てた「それ」のかたわらに跪いている姿が見えた。やがて、強力な機関(エンジン)の働きで、その不気味な人型がぎこちなく、生命の兆しを見せて動き出した――。
恐怖で目を開けたメアリーは、寝室の闇の中でもまだその幻影が消えないことに怯えます。そして気づくのです。
「私をこれほど怖がらせたものなら、ほかの人も怖がらせるはずだ」
翌朝、彼女は「物語を思いついた」と宣言し、幻影で見た場面――「11月のある侘しい夜」から始まる一章――を書き始めました。これが膨らんで長編となり、1818年、匿名で出版されます。『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』。彼女はまだ20歳でした。
3. もう一つの夢――失われた赤ん坊
この創作秘話には、あまり語られないもう一つの「夢」が影を落としています。
ディオダティ荘の前年、1815年。メアリーは早産で女児を産み、その子はわずか2週間ほどで亡くなっています。直後の彼女の日記には、こんな記述が残されています。
赤ちゃんが生き返る夢を見た。冷たくなっていただけで、暖炉の前でこすってあげたら、生き返ったのだ――。
目覚めれば、赤ん坊はいない。「死んだものに生命を与えたい」という痛切な願いを、彼女は『フランケンシュタイン』の1年前に、すでに夢の中で生きていたのです。さらに言えば、メアリー自身の母(思想家メアリ・ウルストンクラフト)は、彼女を産んだ直後に亡くなっています。「誕生が死と隣り合わせにある」ことを、彼女は人生の最初から知っていました。
嵐の夜の幻影は、最先端科学の議論という「素材」だけでなく、彼女自身の喪失と願望という「燃料」を得て燃え上がったのかもしれません。
ちなみにこの夜の競作からは、もう一つの怪物も生まれています。ポリドリが書いた『吸血鬼』は、のちの『ドラキュラ』に連なる吸血鬼文学の祖となりました。一晩の退屈しのぎが、ホラーの二大源流を同時に生んだことになります。
これは「入眠時の幻覚」か、それとも「無意識の出産」か?
さて、当サイトの3つの視点(フロイト・ユング・脳科学)から、この「怪物の夢」にはどんな仮説が立てられるでしょうか。
脳科学・認知科学の視点:
メアリーが体験したのは、眠りに落ちる直前に鮮明な映像が現れる「入眠時心像(ヒプナゴジア)」だった? 連日の怪談朗読、ガルヴァーニ電気の議論、嵐の音という濃密なインプットを、まどろみかけた脳が統合し、一つの「場面」として上映した?
ユング分析心理学の視点:
名前を持たない怪物は、創造主にも社会にも拒絶された「影(シャドウ)」の原型そのものであり、彼女は時代の無意識――科学が神の領域に踏み込むことへの人類的な不安――を夢で先取りして形にした?
フロイト精神分析の視点:
亡くした赤ん坊を蘇らせたいという抑圧された願望と、「生命を作る」ことへの罪悪感や恐怖が、「学生が怪物に生命を与える」という場面に変装して現れた? 母の死と引き換えに生まれた彼女自身の出生の影が、「創造が破滅を生む」物語の核になった?
皆さんは、眠りに落ちる直前、現実と区別がつかないほど鮮明な映像が「見えた」経験はありますか? そして、自分の中の悲しみや恐れが、夢の中で思いがけない「物語」に化けていたことは?
ぜひ皆さんの体験談や考察をコメントで教えてください!
【記事データ】
- 人物:メアリー・シェリー(Mary Shelley, 1797–1851)
- 舞台:1816年「夏のない年」、スイス・レマン湖畔ディオダティ荘
- 関連人物:バイロン卿 / パーシー・シェリー / ジョン・ポリドリ
- キーワード:入眠時心像(ヒプナゴジア) / 怪奇談義 / SFの誕生 / 喪失と創造